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ガラムマサラを深堀りしてみた。Ⅲ-マニアック

-インドカレーと言えばガラムマサラ

 インドカレーと言えばガラムマサラという言葉が次いで連想される程にはガラムマサラと言うモノの名称は今の日本においてそこそこ知名度があるのではないかと、私は思っている。ガラムマサラとは複数種類のスパイスを混ぜ合わせたミックススパイスのことで、インドだけでなくパキスタン、ネパール、スリランカ、バングラデシュに同じ名前、もしくは違う名前の同じ性質のものが存在している。であるのでガラムマサラは北インド料理に使われるものという説明がされることもあるが、これは言葉だけを見てみればその通りとも言えてしまうものの、本質的に見ると例外が多くなりすぎてしまうためあまり正しい説明とは言い難い。

 

-ガラムマサラのバリエーション①

 ガラムマサラには様々なバリエーションが存在していると言われているが、一つ一つのガラムマサラをガラムマサラのバリエーションと捉えることは、ガラムマサラに正解や典型的なレシピがあるという印象を与えてしまう。ガラムマサラは伝統的なインド料理では料理ごとに調合され、作られていたと言われているが、その名残は古典的なインドの家庭料理で今も見ることができる。

 ガラムマサラが料理ごとに作られるというのはつまり、料理ごとにターメリックを除いた混合香辛料(チリとコリアンダーはレシピによって含まれる場合と含まれない場合がある)を作成し、それからカレー作りに取り組んでいたということである。ここで一つ、東インドの伝統的なベジタリアン料理「ジャガイモのバジ」を参考レシピとして紹介する。

参考レシピ

 こういった料理においては、ガラムマサラを作成することは調理工程の一つでしかない。まずするべきなのはホールスパイスを調理に適した形(パウダー)へと加工することであり、そしてホールスパイスが加工された形である粉状の混合香辛料がガラムマサラなのである。つまり少なくともこういった料理においてのガラムマサラとは、料理を行うときには必ず発生する手間でありモノであり、そこにはバリエーションと言えるようなミクロな視点はあまりないのである。また伝統的な北・東インドの料理では作成されたガラムマサラは大体マサラ作りのタイミングでターメリックと、もしチリパウダーがガラムマサラに含まれていない場合はチリパウダーも一緒に加えて炒めるようにして使用される場合が多く、南インドのものはチリは含まれているものが多い印象でそれにターメリックを補って使い、北・東インド同様にマサラ作りのタイミングで炒めるようにしても使う他、煮込みのタイミングで加えるようにして使用するレシピも多い。ガラムマサラのバリエーションは、一つ一つのレシピというよりもどちらかというと地域の差による使用法の違いなどで、マクロな視点からグルーピングすることによって見えてくる。

 

-ガラムマサラのバリエーション②

 次に現代のガラムマサラとその用法について見てみる。現代でのガラムマサラの一般的な使われ方は、「マサラ作りのタイミングでターメリックとチリパウダー等」の他のスパイスと一緒に炒めて使う、もしくは料理の仕上げに振りかけて一煮立ちさせ、香りを増強するの二通りである。ここで重要なのはコリアンダーの扱いである。前項での伝統的なレシピではターメリックはまず含まれないがチリは含まれる場合と含まれない場合があり、実はコリアンダーがより頻繁に含まれている。ところが現代のガラムマサラでは、ターメリックとチリ、それと必ずではないもののコリアンダーの2、3種類のスパイスが含まれないことになっている。これは何故かと言うと、この3つのうちチリ以外のターメリックとコリアンダーは仕上げに振りかけると美味しくないからである。チリは仕上げに加えるというよりは、完成した後に辛さを足したい人がピックルやチャトニー、グリーンチリ、フライドチリ等で自分で調整するというのが一応インドの辛さ調整文化であるため、ガラムマサラには一般的には料理の辛さを左右するチリを加えないという認識を持っているインド人が多くいるようである。というわけで現代ではマサラ作りに炒めで使う方法と、煮込みの最後に加える方法とを両立させられるガラムマサラが好まれているので、ターメリック、チリ、コリアンダーはガラムマサラには基本的には含まれないということになっている。

 

-ガラムマサラのバリエーション③

 またターメリックとチリ、コリアンダーをガラムマサラに含まないというのは日々の料理を作る上ではある意味合理的だったりする。インドの家庭料理にはターメリックとチリパウダーだけもしくはターメリックとチリパウダーとコリアンダーの3種類のみで作られる料理が多いからである。何も全ての料理でガラムマサラが必要なわけではないので、これらは常にパウダースパイスの形状で家に置いてあって、それを使った方が手間が少なくて済むということがある。特にチリはしっかりと粉になるまで挽くのが大変なので、チリパウダーがあれば後からそれを混ぜてしまった方が速い。それも石臼で引いていた昔であればなおさらである。

 ここでいったんガラムマサラの特徴をまとめておく。

 

伝統的なガラムマサラ-

ターメリックが含まれない。チリはモノによって含まれるものと含まれないものがある

コリアンダーは使用する場合はガラムマサラに含める。

 

現代のガラムマサラ-

料理の仕上げにも使用するためターメリック、チリ、コリアンダーが基本的には含まれない。

 

-疑問

 「あれ、では伝統的な料理では仕上げにガラムマサラを入れることはないのか?」という疑問が生じる。伝統的な「インド料理(北インドに限らない)」では仕上げにより使用されるのはパクチーの茎や葉っぱを刻んだものやカスリメティ、刻んだ青菜(これは東インドとバングラでよく見られる)が多く、タドゥカ(タルカ)したテンパリングオイル、時にはクミンパウダーや、クミンペッパーやカルダモンペッパーなどの2種類の混合スパイス、そして地域や料理によってレモン果汁、フレッシュトマトである。

 では仕上げのガラムマサラというのはどこから出て来たのかと言うと、割りと現代の家庭料理の知恵と、長年をかけて磨かれてきたレストラン料理の仕上げの技法であると思われる。しかし伝統的な料理でも仕上げの方にガラムマサラを加えるレシピは存在しているし、仕上げでなくても煮込みの途中でガラムマサラを加える料理も存在している。ここの辺りの線引きは容易ではないが、

・ただそう言った料理はパウダースパイスがかなりシンプルな配合である場合があり、仕上げのガラムマサラをもって料理が完成するという感覚であった可能性があり、現代の仕上げにガラムマサラを「補うような意味合いで」加えているのとは若干感覚が異なっていると思われる。

・ムガル料理やパンジャブ料理、アワド料理、ハイデラバード料理などの宮廷料理の影響をもろに受けている、もしくは強く受けている 料理の群に属している料理を作るような人たちは、宮廷料理やその影響の強いレストラン料理からの技術を家庭料理に取り入れており、比較的早くから仕上げのガラムマサラを行っていた可能性がある。

といった様々な背景が存在している可能性がある。

 

-家庭でのガラムマサラ

 現代ではいちいち料理の度にガラムマサラを作ることは少なくなってきた。そのため家庭には市販もしくは手作りの、汎用性の高いガラムマサラを1種類もしくは数種類常備しておくということが一般的になった。サブジに代表される、ガラムマサラをもともと使用しない料理には関係ない話だが、先に提示した参考レシピ「ジャガイモのバジ」の様なガラムマサラから作っていた料理は、ターメリック+チリパウダー+コリアンダーパウダー+クミンパウダーといった具合に既に挽かれているパウダースパイスを足していって作っても、やはりガラムマサラから作ったのと比べて味も香りももの足りないのである。そこで仕上げに汎用性の高いガラムマサラを仕上げに加えてそこを補おうという話になるのである。

 ちなみに現代においても仕上げにガラムマサラを加える習慣を持たないインド人はインド中に相当数いて、そういう人たちはマサラ作りの時に相変わらず(それが市販品であっても)ガラムマサラを加え、仕上げには相変わらずパクチーやカスリメティ、青菜などを使っている。そういった点からすると、タミル・ナードゥ地方のベジタリアン料理は、伝統的なヒンドゥー教徒の調理法が未だに色濃く残っているとされており大変興味深い。タミルのベジタリアン料理は今でも伝統的に<※1.ガラムマサラ(の様なもの)>を最初に作ってから調理を始める方法を取るものも多く、また料理のバリエーションも汁気の少ない料理が多く、汁気を持つものは極端なスープ状、ホールスパイスのみを使用しパウダースパイスを使用しない料理があったり、後はダルのような豆料理といった具合で仕上げにガラムマサラを加えるという方法が全体的にみても適さない料理が多いためか、未だに仕上げのガラムマサラというのは(全くないわけではないが)聞きなれない。

 

-余談

そしてそのためか現代ではガラムマサラは北インドのものというイメージが強くなっているのだと思われる。

 しかし※1.例えばタミル地方の代表的な伝統料理のラッサムやクートゥ、サンバルには、伝統的なレシピではそれぞれラッサムポディ、クートゥポディ、サンバルポディと呼ばれる専用のミックススパイスを作るところから始める。これらのポディ類の作成は北・東インドの伝統的なガラムマサラ作りとの明確な線引きをすることが困難であり、私は母語の違いによる名称の違いと、地域差程度の作り方の違いしかなく、両者は同種のものと考えている。ただガラムマサラはターメリックは必ず含まれないが、ポディ類は〇〇ポディと言った時にはターメリックまで含まれている場合(例えばラッサムポディはターメリックを含まないバリエーションを有する)があるので、ポディ類は北・東インドの伝統的なガラムマサラとカレーパウダー両者を包含するアイデアということになる。このアイデアの違い以外には、両者の違いは呼称と原料にダルが含まれるかどうか、使用するタイミング以外(ポディ類は煮込み時に直接入れることが多い)にはない。さらにはチキンコランブ等のノンベジ料理用にもホールスパイスからミックススパイスを作成することがあるが、それにはダルが入らないうえ、ターメリックも後から加えられるため、それがガラムマサラではないと証明することの方が難しい。しかしながら南インド独自のマサラで、例えばクートゥポディのバリエーションの一つとして、クミンシードやコリアンダーシードとダルを油でテンパリングした後に冷まして油ごとすり潰してペーストにするという作り方がある。これとガラムマサラとの関係はまだ分からないが、これは北インドには類似のものが存在していないのではないかと今のところ私は考えている。

 

-レストランでのガラムマサラ

 北インド系のインドのレストラン料理では、汎用性の高いメインとなるグレイビー、魚介用、野菜用、マトン用、コルマ用など複数の予め仕込んだグレイビーを組み合わせて一つ一つの料理を作る。そのためどのグレイビーもある程度の料理に派生させられるように全て汎用性が考慮されており、汎用性が高いために当たり障りのないスパイスの配合にされているものが多い。さらに全てのグレイビーは仕込み置きのため、時間の経過とともにさらにスパイス同士が馴染んで味も香りも丸くなってしまう。これは日本人の感覚で言えば熟成もしくはエイジングであるが、インド人はスパイスの味や香り、辛みは熟成をさせず常にフレッシュ感を求めるためエイジングを嫌う人が多い。そのためスパイスのフレッシュ感を出すためにガラムマサラを料理の仕上げに加えるのである。

 

-汎用性の高いガラムマサラ

 現代では汎用性の高いガラムマサラを予め仕込んで持っておくことが主流になっている。ではこの汎用性の高いガラムマサラとはなんなのかというと、様々なスパイスを当たり障りない配合で作った、何かの料理用に特化したものではないがどの料理に対してもある程度有効なガラムマサラということになる。スパイスの配合は全て人によったり地域によったりと言ったところであるが、大雑把にはベジ料理用とノンベジ料理用、野菜用と肉用と魚介用などと食材のカテゴリー毎に用意したり、後は肉を元々よく食べる過程であれば野菜料理はガラムマサラ無しで全て作って、肉料理は大体なんでも自分特製のガラムマサラ一本で済ますといった家庭があったりと本当に様々である。

 

-ガラムマサラが不要になるケース

 またインドではガラムマサラの代わりになるものがあるために、はなからガラムマサラを用いない料理も実はけっこうある。そのガラムマサラの代わりというのがホールガラムマサラと呼ばれるもので、主に北・東インドのノンベジ料理に見ることができる(ベジ料理や人によってはダルのバリエーションにも使用する)テクニックである。これは主にベイリーフ、シナモン、カルダモン、クローブ、ブラックカルダモン(人によってメース、ブラックペッパー、チリも加える)を合わせて乾煎りして、ひとまとめにしてストックしておくものである。ある程度まとめて作っておいて、必要な時に必要なスパイスを必要なだけつまんで出してテンパリングに使用する。クミンやシャヒジーラ、フェンネル等は必要に応じて後から加える。ホールガラムマサラを用いる料理はマサラ作りに使うスパイスがターメリック、チリパウダー、コリアンダーパウダー、クミンパウダー、カスリメティといった具合にガラムマサラを使うことなく作られるものが多くある。もちろん中には汎用性の高いガラムマサラをマサラ作りや仕上げに使うこともあるし、ホールガラムマサラを使いつつ専用の仕上げガラムマサラを作ったりする手の込んだ料理もあるが、逆にホールガラムマサラとターメリックとチリパウダーだけしか使わない料理も存在したりしているくらいに、このホールガラムマサラは威力がある。ただホールガラムマサラは北・東インドでも主に肉を食べる人たちが用いるもの(という印象)で、ベジタリアンの人たちはやはり伝統的にはその都度作るガラムマサラというイメージである。また特にホールガラムマサラとは呼ばれていない(気がする)が、南インドのノンベジ料理ではホールガラムマサラにクミンシード、フェンネルシードを補ったようなスパイスの配合を基本とした料理が存在しており、パキスタンやペルシャ、パンジャブの料理をベースに発展させたムガル料理を基礎としているハイデラバード料理や、北からやって来たイスラム教徒のノンベジ料理の影響を伺わせる。

 

-ところが

 ここで話がまとまるのかと思いきや、ややこしい話はまだまだある。さすがインド、多様性の国、カオスの国と思う。

 ガラムマサラというのはヒンディー語であるが、ガラムマサラという言葉の意味を考えなさいという人たちがいるのである。私はガラムはHOTでマサラはBLENDED SPICEの意味ですよと、料理を教わったインド人から説明を受けていた。逆に言うとそんな説明しか私は受けて来なかったわけで、それ以上にガラムマサラの単語の意味を深く考察したことはなかったわけだったのだが、マサラの部分はブレンドされたスパイスの意味でいいとして、問題はもう一つのHOTの部分だったのである。

 何がHOTでなぜHOTなのか。曰く、HOTというと意味が若干逸れるそうでイメージ的にはWORMINGということらしい。つまり「熱い」のではなく「温めてくれる」ということなのである。アーユルヴェーダの世界では温めるということと冷やさないということはとても大事だ。こと食べるにおいてそれは本当に大事なのである。ざっくりいうと、皆の胃の中には火の神様がいらっしゃって、その火の神様が皆が食べた食事をエネルギーに変えてくれるので、火の神様にエネルギーを与えて常に元気な状態でいてもらう必要がある。冷やすなんぞはもっての外、という考え方がアーユルヴェーダにある。つまりガラムマサラというのは味とか香りとかいうのもあるけど、体を温めるという薬効を得ることが真に大事なことだという話なのである。料理に使われているスパイスは限定的なので、多種多様なスパイスを配合して作った、体を温めてくれるミックススパイス「ガラムマサラ」を料理の仕上げに一振りして、皆の中の火の神様を元気にして消化を頑張ってもらい、皆が日々健康に過ごせるようにする。それがガラムマサラを使用する目的だったという少し壮大な話だ。確かに、随分前にやたらと厳しかったインド人のシェフから「ダイジェステフ!ダイジェスティフ!」とジェスチャー付きでガラムマサラの説明を受けた記憶が蘇ってきた。

 

-カッチとパッキ

 また、私が教わってきたインド料理においてのガラムマサラの用法には全く当てはまっていないが、こんな分類もあるということだ。ビリヤニに詳しい人ならすぐにピンとくるカッチとパッキ、これがガラムマサラにもあるという。カッチはUNCOOKEDの意味でパッキはCOOKEDの意味、つまりガラムマサラで調理済みとそうでないものの分類があるという話だ。

 ガラムマサラの作り方には二通りがある、乾煎りする方法と天日干しをして乾燥させる方法だ。乾煎りして作られるガラムマサラがパッキャ・ガラムマサラで天日干しで作られるガラムマサラがカッチャ・ガラムマサラである。私が習ったシェフも天日干しの作成方法については教えてくれていたが、なんにせよガラムマサラをほとんど全ての料理でマサラ作りの段階でターメリックとチリと一緒に炒めながら使う人たちばかりだったので、作り方によってこんな用法の差を見出すインド人がいることは知らなかった。

 具体的にカッチャとパッキャの違いであるが、カッチャは生なので私が教わったようにマサラ作りの段階で炒めて使わなければ味も香りも出てこない。そしてパッキャは加熱済みなので、逆にマサラ作りのタイミングで入れてしまうと加熱のし過ぎになってしまうため、必ず仕上げの段階で使うということだ。またこの区別をする人たちは、加熱済みなので問題ないということで「コリアンダー」もたくさんガラムマサラに入れてしまう。感覚的には北や東というよりもパンジャブ地方などの北西地域に多そうな考え方という気がするが、これは本当にもうちょっといろいろ聞いて回らないと今の私ではなんとも言えないところである。

 

-締め括り

 しかし、インドにはまだまだそんなもんじゃなく、深堀りし切れていないスパイスの使用方法が存在しているのである。例えば、乾煎りしたホールスパイスを粗挽きにして、それをテンパリングするというホールガラムマサラとガラムマサラのいいとこ取りをしているようなテクニックがある。これはガラムマサラなのだろうかホールガラムマサラなのだろうか。そこから考えてみればパンチポロンもよく分からない存在である。しかもパンチポロンをパウダーにして使うという話も聞いたことがあり、であればそれ自体はガラムマサラに分類できるであろうが、これもどれだけ調べてもよく分からない。南インドのホールスパイスとダルをテンパリングして油ごとペーストにするのも、作り手はガラムマサラ作りに近い感覚なのかどうなのか。

 深堀りすればするほど、その過程でまだまだ知らなかった興味深い話に遭遇し、ついには迷子になってしまうのがインド料理の世界だ。追加調査の結果は随時配信していく予定なので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。